2006年02月13日

アコースティック・ギターとぼく

先日紹介した下田逸郎さんの盤ですが
実は最後まで聴き終えないまま書いてました。
失点インザパークの時もそうでした。
いってもたっても居られなくて、書き出しちゃった。
フライングしてしまいました。

で、「下田逸郎物語」、終盤を聴いたのですが
もう涙が止まらなかった、僕は。
やっぱりこれは究極の盤だった。

金出すだけでこれが買えるなんて奇跡だー。
(金じゃ買えない豪華なものが好きなのです。これがまさにそれ)

僕はこの盤から生涯目をそらす事が出来ない。
逸郎さんありがとうございました。


実はこの盤を聴いた27日、即座に楽器屋に行き
生まれて初めてギターを買った。
小振りだけど悪くない鳴りの、可愛らしい中古ギター。
これまでギターは
人からくすねること3回、音楽産業体に買わすこと2回で、
自分で買った事は無かった。。。

ギターが嫌いだったんだよね。
見た目も音も、自分の琴線に触れてくる部分が全く無かった。

バンドしたくて上京したくせになかなか組めなかった自分は
作った歌をアカペラで歌うのがイヤだったので
唯一その場にあった楽器であるアコギ(盗品)を伴奏用に、渋々弾いていた。
畜生、早く誰かと、イメージ通りの音に辿り着きたいな〜と思いながら。

だからデビュー前、
フォークロックのCDを何枚も手渡され
弾き語りを求められた事が、嫌で嫌でしょうがなかった。

フォークには無茶苦茶うとかったから、愛着もへったくれも無かったし。
「このままでは一生アコギ弾き語りをする羽目になるのでは?」
その恐怖心の発露が1stシングル〜2ndシングルへの
サウンド上の無理やりなシフトだったです。
18歳の小僧っ子だったからねー。
上手な折り合いも付けずに強引に行ってしまった。

そっから移籍しまくったり、諍ったり、
よくない事を中心に、とにかく色々有った、ぐだぐだ続いた。
誰か1人でも音楽で戦っていく上での仲間が居ればと
たびたび夢想したけど、得られる事は無かった。

バンドがやれない以上は、CHARAさんみたいな按配ちゅうんですか?
シンガーソングライターに
サウンド上の完璧な補佐役が付いてるみたいのを理想系と考えたんですが
そんなもんは俺には無理でした。
編曲を人に任せられなかったんだよな。エゴが強すぎるのでしょう。
曲の不定形さ、自由さを守りたかった。制度化されたくなかった。

シールドの呼び方も知らないのに音の細かなビジョンだけを持った、
極めて強情な、言わば何にも出来ないパラノイアみたいなガキ
当時、共同作業してくれた人にとっては鬱陶しかったでしょう。申し訳なかった。

やはり、1から10まで自分でやるしかないと思ったのだけど
音楽の勉強には入れなかった。
先にすべき事が滝のように降ってきた。
己の咎を棚に上げて言うならば、
ひたすら、自分の関与した特定の場所の浄化と、
供養のために、作り続けてきたように思う。
人一倍幼稚な自分の手には余った。

機材をいじったり、楽器練習をしたり、という所まではとても、手が届かず
まず、「創作上の倫理」みたいなものだけが俎上に有った。
雨にうたえばの時も、ヘブンリィの時も、蜂雀の時も
音楽の技術的難関に立ち向かう以前に、「倫理」が立ちふさがって来た。
「倫理」に捕らえられ過ぎると、もう創作を続けられないと思い、
無理やり鳴らせば、
1曲つくる度に苦しみが生まれた。
来る日も来る日も悪霊を量産し続けるような、悪い循環から逃れられなかった。
悪霊が脳を占有した。
悪霊は「倫理」の副産物だったと思う。悪霊とは自分だった。
17〜23歳までの6年間、1番の話し相手は薬だった。
1%の悦びと99%の苦痛が、抱える全てと絡み合って悪化させた。
「倫理」はさらにもつれた。

蜂雀の時、
理想の編曲への諦念と共に、アコギを使って1枚作った。
ヘブンリィの時と同様に
「倫理」に藪から追い出されたたくさんの蛇が自分の首を絞めるので
1曲歌おうとするたびに
呼吸は乱れ、ひきつけを起こした。
ひきつけほど歌入れに向かない病状は無いんじゃないか
思い出してもうんざりくる。
アコギは常に憎かったけど、ここで支えてくれたな。
アコギはとにかく鳴らすまでの手順が少ない。
軽いし電気もいらないし適当に押さえればなんとなく和音も鳴る、
寝たきりだって弾ける。
かなり鬱だったりアホだったりする人間にも扱えるという点ではエライよ。
他の楽器は、ある程度、頭が良かったり、元気だったり、
社会性がそこそこあったり、家が金持ちだったりと、
何かしら担保になるものが必要な気がする。(ここ笑う所なんだけど、半ば本気)
でもアコギは最底辺の奴でも差別しないんだよ。
それはエライ。そこは認める。

アコギと、自分から湧き出した醜い7曲を憎みながら蜂雀を録った。

で、この後、1年以上、アコギに触れなかった。
PC等を購入し、打ち込みの基礎を覚えつつ
1からスタンスを築こうとするんだけど、今度は
天才国府達矢とトラブりつつ、
彼の宗教的な葛藤を共有していくんだよな〜なんなんだ一体。
その時自分は、国府の援護射撃をしなければ音楽は終わると思ったの。
で、1つの結論として、「さいはて」を作り始めました。
改宗による精神変成を音響的に定着させつつ、紀元前の国家宗教の始まり〜現在の「一億総トラウマの時代」までを自己を実験台にして寓話の体裁で描き、己の藪を凝視し、メスを入れ、蛇の最後の一匹まで根絶し、願わくば「創作倫理」にまつわる長い葛藤に1つ答えを出したい、さらに、非現実的荒唐無稽な裏テーマに関して言うと、最終的にはキリスト教ドロップアウト・メンタリティの権化であるマリリン・マンソンを仏教徒に改宗させアメリカに馬鹿な真似をやめさせる、そんな内容の二枚組アルバムで、曲も揃っていたし脚本も出来ていたのだけど、行き詰ってしまった。
正しき国府に俺の突っ込みどころ満載の人格をなじられつつ
国府のために朝から晩まで宗教書を紐解き
国府の陥ってる状況を探るっていう倒錯した状況は、
ヘブンリィの時ほどじゃないにしても、わりにしんどかったな。。。
打ち込みに打ち込めないっつーの。
国府との関係性が最終的な破綻をみた事、
そして悲惨なほどの編曲技術の無さから、作り続ける力を失ってしまった。
イメージの中で鳴ってる音を現実に定着させてゆく事がどうしても出来なかった。
やり方もさっぱり判らなかった。自分は負けた。
しかしこの時に国府のような天才と深く関わった事が、
結果的にはその後の自分を救いました。

04年、仏に帰依したりしつつ
自分は「うたぐるい」に漂着。
万物全ては歌なんだと実感され、
もう声を出す必要すらないと気付いた。
ただ生きて在るだけで
誰もが歌であり、祝福されているから。

この時、19か20歳の時の曲だった「マイ・ファースト・チャーント」を
完全自力による拙い打ち込み編曲で世に出せた事が、嬉しかった。
それまでに争ってしまった全ての人に捧げたつもり。

(そして、これでアコギと縁が切れると思った。実は内心、それを非常に喜んでいた)


その辺からようやく音楽の技術的な部分の向上に時間を注げるようになり
昨年、05年は本当に楽しかった。
もう、死ぬほど楽しかった。生きててよかった。
毎日、説明書片手に機材の触り方覚えたり
遊びにも、よく行ったし
何より、またレコード聴くようになった。
5年ぶりに聴く様々な音楽は本当に勇気をくれた。
ありがとうございましたと言いたいです。
コイツと幸せになるぞ、人生イチからやり直すぞ、と思って
カミサンまでもらっちゃった。はは。。。
作って、作って、枯れたら、自分は完全に無価値だから、のたれ死ねばいい
みたいに考えて来た自分が
幸福の二文字について前向きになれたのは、国府のお陰なんですよ。
どんな命にも等しく価値があるんだと、
音楽や行動を通して間接的に教えてくれたのも国府。
こういう事は、難しい。気分としては、小学生でもソニー社員でも
良心的な人間なら皆理解するだろうけど、それじゃ駄目で、
細胞一個一個が理解しないと意味無いんじゃないかと思う。
僕には国府が必要だった。
国府さん本当にありがとう。いつかまた普通に会えるだろか。
ちょっと想像するのもしんどいくらい過酷な状況だと思う、国府達矢。
ぜったい音楽続けて欲しい。
僕はもう少し力をつけて、ほんの少しでもあなたの足しになりたい。


この年から始まった、ラップトップによる重層的な単独歌劇LIVEは、
純粋に「七尾旅人」がようやく出てきた形態だった。
「もう歌わないのか?」などと言う人も居たけど
05年、例え「生の申し子」の様なインストの曲を演っていても、
本人は、生まれて初めてノリノリで「歌って」いた。。。
なのでその場合
「うたぐるい観なかったんですか?
僕は今、歌いまくっているんですよ!ヒャッホーイ!」
というような意味の事を言って答えるようにしていた。

そんな事もあって、この段になってもまだ、
アコギを忌まわしく思うことしきりだった。

しかし「歌の復権」に向けての1つの手段として
ネット上で「弾き語りの即効性」を活かすべきじゃないかしら?という考えから
ブログでのMP3配信を始め、またアコギを触りだした。

腐れ縁ていうんですか。アコースティックギター。
今、打ち込みが一応出来て
本来出したかった音に近い音が出るようになってきつつあるので
その副作用として
アコギに対するこちらの勝手なわだかまりが薄まり、
そのひょうたん型のボディーちゃんを、
数ある楽器の内の一個として、フラットに見れるようになった。

で、趣味化したんだよね。
朝からアルバム制作して、夜、耳が疲弊してきたらやめ、
アコギをポロポロやる。耳が癒える。
おっさんの趣味と化してるんですよ。
不思議なもんで、こうなった今初めて、少しずつ上達している。
(少ーしだけどね。。。)
好きこそ物の上手なれってのはあれ本当ですね。
今まで散々助けてくれたのに、嫌い続けてゴメンなとアコギに謝りました。

(次号に続く)



posted by TAVITO at 19:58| 東京 ☀| ★日記★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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